ご縁があるわけではないのだが夜の祇園界隈にはどこか惹かれるものがあって、ときどきふらりと立ち寄ることがある。
時刻は20時。
飲食店や土産物屋が次々とシャッターを下ろしはじめた四条通を八坂神社方面へと歩いていく。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返り観光客の姿もまばらのなか、夜のお店へ向かう華やかな衣装のお姉さん方が足早に通りを抜けていく。
そんな、自分には無縁の世界が広がる祇園の夜だが、京都に移住して以来、ずっと定期的に通っている場所がひとつだけある。
それが、八坂神社のすぐそばにあるスターバックスコーヒー京都祇園ホテル店。

八坂神社すぐそばにある。
このスターバックスは、かつて勤めていた職場から歩いて行ける距離にあり、当時は毎週のように通っていた。
今では信じられない話だが、15年ほど前はスタバでもテラス席で喫煙ができた。
ヘビースモーカーだった自分は、八坂神社を眺めながらコーヒー&シガレッツを堪能する時間を何よりの贅沢だと感じていた。
転職してからは足を運ぶ頻度こそ減ったが、それでも気づけば定期的に立ち寄ってしまう。自分にとっては、それほど心地よい場所のひとつだ。
あの頃と違うのは、インバウンドの影響で店内の客層が大きく変わったこと。
今では、お客さんのほとんどが外国人で、まるで海外のカフェに紛れ込んだかのようなインターナショナルな空気が漂っている。
そして、上下スウェット姿の外国人がふらっと入ってきたと思ったら、かつての京都祇園ホテルが、いつの間にかアパホテルに変わっていたという事実にも驚かされた。
店内は会話の声でそれなりに賑やかだが、聞こえてくる言語が自分にはわからないせいか、不思議と気にならない。
むしろ、日本語で書かれた小説に静かに没頭するには、ちょうどいい環境なのかもしれない。


この時間帯の京都祇園ホテル店では、勉強をしている学生の姿を見かけたことはほとんどない。
店内にいるヨーロッパ系のファミリーやカップルは、コーヒー片手にひたすらおしゃべりに夢中。
一方、アジア系のカップルはそれぞれスマホを見ながら、時おり小さな声で会話を交わしている。
少し参ったのはスペイン系の7人家族。
それぞれ離れたテーブルに座っていたのに、まるで一つのテーブルを囲んでいるかのようなボリュームで会話が続き、ちょうどその間にいた自分はさすがに読書に集中できなかった。
とはいえ「これも文化の違いかな」ということで気にはしなかった。
そういえば、コロナ前にイタリアを旅行したときのことを思い出す。
あちらのレストランやカフェでは、カップルやファミリーが食事中にスマホをいじる姿を一度も見なかった。
目の前の相手とずっと会話を楽しんでいるのが印象的だった。
それに比べると自分も最近は目の前に人がいるのにスマホを見てしまうことが増えたように思う。
少しだけ反省しつつ、あの時のイタリア人たちの姿勢を見習いたいと思った。

定位置である四条通りに面したカウンター席でぼんやり外を眺めていると、2人以上で歩いている人の8割は外国人でインバウンドの効果は数字で見るよりこういう瞬間に実感する。
幸い、自分は外国人観光客に迷惑をかけられたような体験は一度もないし、地域経済が潤うならそれでいいのかな、と思う。
ただ、市バスの混雑だけはどうにかならないものかと、いつも思っている。
つい先日も、南禅寺のバス停付近でものすごい人だかりがあって、「テレビの撮影でもしてるのか」と思ったら、ただのバス待ちの行列だった。
そんなときは少し距離はあるけれど蹴上駅まで歩いて地下鉄を使うのが観光シーズンには賢い選択肢だ。
たまに「なんでこんな場所に?」というような場所で、一人でオロオロしている外国人に出くわすことがある。
そういうときはなんとなく手助けしたくなってこれまでにも何度か道案内をしたことがある。
地元の人しか行かないような昔ながらの定食屋でバックパッカー風の外国人がアジフライ定食を食べている光景は、正直ちょっと滑稽でもあるが微笑ましくもある。
話を祇園界隈に戻すと、夜に訪れるのはもっぱらこの祇園ホテル店のスタバだけだが、昼にはこれまでいろんな店に足を運んできた。
なかでも記憶に残っているのは、「盛京亭(せいきんてい)」という京都町中華の名店。
一見さんには少し敷居が高く、入るのに勇気が要るような雰囲気だが、ここのチャーハンは格別だった。

店内の様子がうかがえない引き戸を開けるのはかなり勇気がいるが
油っ気がなくさっぱりしたチャーハンはここでしか味わえない格別な逸品。
残念ながら現在は閉店してしまった。
あと、「亀屋良永」で1000年前の味を継承しているお菓子「清浄歓喜団」をぜひともお土産にしてみてはどうか。見た目も味もインパクト大で尊い風味にご利益がありそう。

食べた人がよく表現するのが仏壇のような味。
理解不能な表現だが食べたらなるほどと思うから不思議だ。

製品化されたら間違いなく売れるだろうし自分も買うのでぜひとも製品化してほしい。
自分が愛用している眼鏡ブランド「THE EYEVAN」 もスタバから徒歩3分の場所にオープン。
ここも一見が暖簾をくぐるのになかなか勇気がいる。

せっかくなので眼鏡のかけ具合を調整してもらったのだが、
店内にはハイブランドに身を包んだ中国人観光客が超高価格の眼鏡を試着していた。
20時ごろに入店して、気づけばもう21時55分。閉店の時間が近づいてきた。
店内を見渡すと、まだ4割ほどの席にお客さんが残っている。
おそらく、閉店が近いということに気づいていないのだろう。
言葉はわからないけれど、その楽しげな会話が終わる気配はまったく感じられない。
やがて、店員さんが完璧な英語でテーブルを一つひとつ回りながら静かに退店を促していた。
祇園のこのスターバックスで過ごす夜はいつもの風景でありながらほんの少しだけ非日常を感じさせてくれる。
そういう時間のあとには、決まって「京都に移住してよかったな」としみじみ思う。
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