矢部直(United Future Organization)最後のDJミックステープを聴く

ここ最近はCDを買わなくなったがカセットテープを買うことが増えた。

きっかけは実家で発見された昔自分で作ったミックステープの山。

懐かしさから再生環境を整えようとカセットデッキを購入したら、そのアナログならではのあたたかみある音質にどっぷりハマってしまった。

それにくわえて、ストリーミングやCDでは出会えない一期一会のようなDJミックステープが多いのもカセットの魅力のひとつ。

先日、中目黒にあるカセット専門店「waltz」の通販サイトをチェックしていたら、United Future Organizationの矢部直氏によるDJミックステープを発見し迷わず購入。

こういう発見と衝動こそが今のカセットカルチャーの醍醐味かもしれない。

Mitime Tape Series 10 -The Power of Feeling – YABE TADASHI

矢部直氏といえば、自分が初めて足を運んだクラブイベント「Jazzin’」のレジデントDJ。

アートやファッションの最先端を行くような洒落たクラバーたちで埋め尽くされた西麻布YELLOWのフロアにスーツ姿で現れ、タバコをくゆらせながら淡々とプレイするその姿は若干20歳の自分にとって衝撃だった。

それ以来、自分は「Jazzin’」にほぼ毎月通うようになり、めかし込んだ服に身を包んでカルーアミルク片手にほろ酔いになりながらフロアで揺れていた。

当時の衝撃と高揚感はいまでも鮮明に残っていて、あの体験が確実に自分の音楽遍歴のベースになっている。

矢部直氏はクラブミュージックのかっこよさ”を教えてくれた存在だった。

その頃に受けた感動や衝撃が今でも自分の音楽遍歴に影響している。


ただ、残念なことに2024年7月25日、矢部直氏が心筋梗塞で逝去された。

突然の訃報に混乱したが、元U.F.O.の松浦俊夫氏がXに投稿した追悼メッセージで現実として受け止めざるを得なかった。

2023年6月に京都メトロでプレイしていた矢部さんは20年前とスタイルがまったくぶれていなくてあの頃のスタイリッシュでクールな矢部さんだった。

2023年6月24日京都メトロで行われたイベント「steam」にて。ものすごくテンポを落とした「Loud Minority」をプレイしてフロアを沸かしていたのが印象に残っている。

今回購入したDJミックステープはリリースを目前に矢部直さんが急逝されたため、結果的に遺作となってしまった。

しかし、2023年に京都メトロで体感した矢部さんのバイブスがそのまま封じ込められているような内容で、まさに彼の空気感を追体験できる一本。

本作は「Mitime Tape Series」第10弾としてリリース。

エレクトロニック、ジャズ、ロック、ブラジル音楽などを自在にクロスオーバーさせた唯一無二の選曲が光る。

オールジャンルで踊れるラウンジ・ミュージック的な流れに定評のあるシリーズだが、その中でも本作は癖の強さと完成度のバランスが絶妙。

詳細なトラックリストは伏せるが、United Future Organizationの代表曲「Good Luck Shore」が選曲されているのが特に印象深い。

派手さもキャッチーさもないのに執拗に続くアフロビートのグルーヴでじわじわとフロアを包み込むIAN SIMMONDS「Adam’s Garden」。

こんな曲をキラーに仕立ててしまう矢部直の選曲センスはもはや職人というよりマスタークラス。

元10ccのKEVIN GODLEYとLOL CREMEによるユニットGODLEY+CREMEの「The Problem」。

立体的な音響処理の中にドリーミーな音色とミニマルなエレクトロビーツが交差する浮遊感たっぷりのトラック。

普通なら埋もれそうなこの曲を違和感なくミックスに組み込むあたりやはり選曲の癖が強くて深い。

まさに矢部さんらしさが滲む一曲。

ブラジリアン・ミュージック界の巨匠CAETANO VELOSOが1978年に発表したアルバム『Muito』に収録の「テーハ(地球)」を、違和感なくさりげなくミックスしてしまうのが矢部さんの妙技。

爽やかで穏やかなグルーヴがエレクトロ〜ジャズ〜ロックを縦断する流れの中に自然と溶け込んでいて、ジャンルを超えた音楽観が一貫して感じられる名場面のひとつ。

ラストにはかつて矢部さんとユニット「RIGHTEOUS」を組んでいたDJ QUIETSTORMの「Music in Everything」を静かにミックス。

ビートも音色もじんわりと染み込むような深みがあり、余韻をたっぷり残しながらフェードアウトしていく終わり方に、自然と背筋が伸びる。

なんとも深みのある締めくくりにかなり真剣に聴き入ってしまった。


矢部さんの音楽哲学が詰まったまるでディクショナリーのようなDJ MIX。

ジャンルを超えて繋がれていく1曲1曲に矢部さんが音楽に向き合ってきた時間と美意識が感じられる。

矢部さんには最初から最後まで感謝。

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