
筆者ことaazmが元・大手レコード店でクラブミュージックのバイヤーをしていて、1998年〜2008年くらいまで趣味でDJをしていた時代の音楽の情報を集める手段といえば──
レコード店・本・クラブ。
この3つが主な情報源だった。
ネットでリサーチできる時代ではなかったので、クラブミュージック専門誌『remix』『LOUD』『FLOOR』は毎月欠かさずチェック。
なかでも、特定ジャンルを掘り下げたディスクガイドは知識を深めるのに本当に頼れる存在だった。
そんなジャンル特化型ガイドの中でも印象深かったのが、2014年に刊行されたハウス・ミュージックのガイドブック『HOUSE definitive』。
あれから9年。
あのガイドがオールカラー&30ページ以上の増補、掲載900枚超の圧巻ボリュームで復活。

誌面の構成は、かつての『remix』誌のレコードレビュー欄のようにシンプルで見やすいレイアウト。
情報量が多いのに視認性が高く必要な要素だけがしっかりと整理されている。
ハウスミュージックの起点とも言われる1984年から時代をさかのぼり、“4つ打ちダンスミュージック”という雛形にまで視野を広げた構成でなんと1974年から2022年までの名盤が掲載されている。
LARRY LEVAN、FRANKIE KNUCKLESといったレジェンドDJ/プロデューサーたちやTRAX、STRICTLY RHYTHMなど、名門レーベルも網羅。
シカゴ・ハウス、ディープ・ハウス、アシッド・ハウスなど主要ジャンルはもちろん、国・地域別の紹介までカバーされていて、カテゴライズがシンプルでわかりやすく、専門書ならではの奥行きと整理された構成がうれしい。
取り上げられているのはメジャーなクラシックだけではなく、中にはかなりマニアックなアーティストやサブジャンルまで含まれていて、ある程度ハウスの素地がある人向けの中級者仕様。
筆者の熱量がにじむ90年代〜00年代のセレクションも多く、ページをめくるたびに懐かしさが込み上げ、気がつけば最後まで一気に読破。
20年以上前なら気になる曲を手帳にメモして、週末にレコード店をハシゴするなんてことを繰り返していたが、いまではApple MusicやYouTubeでその場で確認できてしまうのだからなんともいい時代になったものだ。
というわけで、今回の読後に改めて聴き返したくなった“自分にとっての思い出のハウス10選”を次に紹介したい。
少し懐かしく、でも今聴いてもやっぱりグッとくる10曲──お付き合いいただけたらうれしい。
- MARSHALL JEFFERSON / Move Your Body
- THE HOUSEMASTER BOYS & THE RUDE BOY OF HOUSE / House Nation
- ADONIS / No Way Back
- LIL’ LOUIS & THE WORLD / French Kiss
- ULTRA NATE / Free(Mood Ⅱ Swing Extended Vocal Mix)
- JAMIROQUAI / Space Cowboy(Classic Club Remix)
- ARMAND VAN HELDEN / You Don’t Know Me
- STARDUST / Music Sound Better With You
- FLOATING POINTS / Vacuum Boogie
- NUYORICAN SOUL / Runaway
MARSHALL JEFFERSON / Move Your Body
ハウスDJを始めたばかりの頃、DJ仲間から「これは基本だから聴いとけ」と教えてもらった一曲。
シカゴ・ハウス創世記の空気感が詰まっていると言っても言いすぎではない名曲。
アーティスト名は知らなくてもあの象徴的なピアノフレーズは耳にしたことがある人も多いはず。
90年代〜00年代、クラブでもヘビープレイされ続け、数えきれないほどサンプリングや引用もされてきた、いわばハウス・クラシックの原型。
THE HOUSEMASTER BOYS & THE RUDE BOY OF HOUSE / House Nation
HARDFLOORのDJ MIX CDに収録されていて、血眼になって探した結果、当時上野のアメ横にあったDISK UNIONでゲット。
チープなリズムマシンのビートに執拗に繰り返されるヴォイスサンプル。
派手な展開はないけれど音数が少ないぶん空間をコントロールしやすく、上手くハマればミックス映えする上級者向けトラック。
ADONIS / No Way Back
まさに“ザ・シカゴハウス”と呼ぶにふさわしいクラシック。
妖しく響く男性ヴォイス、うねるようなファンキー・ベースラインの魔力に取り憑かれたDJが今もなお、フロアでこのトラックをプレイし続けている。
ちなみに今回のガイドで初めて知ったのがADONISがもともとファンク系のベーシストだったという事実。
プレイヤー出身ならではの低音の鳴り方が存分に活かされている曲。
LIL’ LOUIS & THE WORLD / French Kiss
ここぞという時に絶対に裏切らないフロアの起爆剤。
ミニマルなフレーズが淡々とループしながらじわじわとテンションを上げていき、シンセの高揚感がピークに達したかと思えば、突然、女性の喘ぎ声と共にビートがスローダウン──というまさかの18禁展開。
デリック・メイの名作MIX CD『MIX-UP』にも収録されていたこともあり、テクノ方面のDJからも高い支持を得ている一曲。
ちなみに、全世界で600万枚売れたというから驚き。
エッジの効いたクラブトラックとしては異例のヒット。
ULTRA NATE / Free(Mood Ⅱ Swing Extended Vocal Mix)
筆者が初めて購入したハウス系DJ MIX CD『EMMA HOUSE 3』。
そのオープニングを飾っていたのがこの曲──
ULTRA NATEの代表作であり、MOOD II SWINGのベストワークとも言える一曲。
メッセージ性のある歌詞と圧倒的なパワーで押し切るヴォーカル。
当時の自分はこういう歌モノでフロアをピークに持っていけるDJに強い憧れを抱いていた。
JAMIROQUAI / Space Cowboy(Classic Club Remix)
渋谷のDISK UNIONで確か500円くらいで購入した12インチに、まさかのDAVID MORALES MIXが収録されていて衝撃を受けた。
曲の構成が完璧で2分近く続く長めのイントロがじわじわと高揚感を煽り、満を持して入ってくるJKのヴォーカルで一気にフロアのテンションが跳ね上がり、まさに“ハンズアップ必至”の展開。
DEEP HOUSE系のセットでうまく繋げば、ガラッと空気を変えてくれるキラーチューン。1
ARMAND VAN HELDEN / You Don’t Know Me
当時、ハウスDJの9割が持っていたんじゃないかと思うくらいクラブでもレコードショップでもとにかくよく聴いた、ハウス界の帝王ARMAND VAN HELDENを代表する超キラーチューン。
フィルターで処理されたディスコネタがじわじわとせり上がりグルーヴだけでフロアの空気を温めていく。
そして長いイントロが明け、満を持してキックが入った瞬間──
その爆発力たるや尋常じゃない。
誰がかけても盛り上がる、いわば“すべらない一曲”。
STARDUST / Music Sound Better With You
DAFTPANKのTHOMAS BANGALTERの別プロジェクトSTARDUST唯一のシングルであまりにも有名な曲。
70年代ディスコをベースにした軽やかなサウンドに、BENJAMIN DIAMONDの色気を帯びたヴォーカル。
その組み合わせが世界中の音楽ファンを魅了し、リリースから時間が経った今も色褪せない。
ちなみに、当時はレコード会社から巨額の契約金でアルバム制作を持ちかけられたが、本人たちは「この1曲で十分」とオファーを断ったという逸話あり。
潔さも含めてクラブ史に刻まれた特別な一曲。
FLOATING POINTS / Vacuum Boogie
この頃にはすでにDJからは引退してもっぱらリスニングオンリーでこの曲は何度も繰り返し聴いていた。
セオ・パリッシュにも通じるようなじんわりと揺れるデトロイト的グルーヴ。
そこに広がる空間的なコズミック・シンセが重なりふわりとエモーショナルに響いてくる。
爆発力で押すタイプの曲じゃないけれどじっくりと耳と心に染み込んでくる。
感情にダイレクトに訴えてくるような曲。
NUYORICAN SOUL / Runaway
ハウスというよりはどちらかといえばソウル寄りで、筆者がDJしていた頃、よくバトンタッチのタイミングで選曲して、次のDJに嫌な思いをさせていた記憶が甦る。
SALSOUL ORCHESTRAの代表曲であり、MASTER AT WORKによる最高のリミックス。
ソウルフルなヴォーカルとディスコの華やかさでフロア全体がパッと明るくなる。
この曲がかかるとなんとも言えない幸せなムードに包まれる。
以上がsazmが思い入れのあるハウス10選。
思い入れのある曲ということで時代に偏りがあり、メジャーな曲ばかりになってしまったが、DJをしていた頃の懐かしい記憶が蘇ってきたところ。
ハウスの知識を深めたい人や音楽ジャンルの引き出しを広げたい人にとっては、間違いなく手元に置いておきたい一冊。